第65回岐阜県学校歯科保健研究大会
 


 口腔の健康と唾液
明海大学保健医療学部教授
渡部 茂
 


 本大会テーマ、「たくましい子を育む」ためにはまず全身が健康でなければなりません。口腔の健康はその全身の健康の源であることが色々な角度から証明されてきています。新生児から学童期の著しい成長と発育に、そして100歳の長寿に至るまで、口腔の健康は常に生命の恒常性に寄与しそれを保証しています。この口腔の健康、すなわち口腔の機能と環境の維持は唾液によって制御されていることも最近明らかになりつつあります。本講演では、歯科保健に携わる多くの人々に知っていただきたい「口腔の健康をつかさどる唾液」について最近の知見を解説させていただきます。
 ヒトの口腔を、安静時、飲食時、睡眠時に分けて、その時々に唾液がどのように関与しているかについて考えます。
 安静時(約16時間)とは飲食時以外の状態で、1日のうちで最も長い時間を占めます。この間唾液は平均0.3ml/min分泌されています。そして約0.1㎜の薄いフィルムとなって口腔の粘膜・歯面上を流れています。その速度は部位によって異なり、最も遅い部位は上顎前歯部唇側(約0.8mm/min)で、最も早い部位は下顎前歯部舌側(約7.6mm/min)となります。平均約40秒間に1回生理的嚥下が起こり、そのたびに約0.3mlの唾液が嚥下されます。嚥下直前の口腔内唾液量は約1.1ml、嚥下直後は約0.8ml、口腔はサイフォンに例えられて口腔の汚れを希釈しています。この希釈率には個人差があり、生活習慣に関わらず、個人の口腔環境が形作られている可能性に関する研究がいま行われています。
 飲食時(平均60分)に分泌される唾液は平均約4.0ml/min。成人の最大分泌速度は約7ml/minまで達します。強酸の清涼飲料水(pH2~4)を飲んでも歯が脱灰しないのは、大量の刺激唾液(pH7~8)が瞬時に分泌されて歯が守られているからです。歯の天敵である酸の中和は、生体に具備された唾液の重要な防御機構といえます。
睡眠時(平均7時間)の唾液分泌はほとんどゼロに近く、口腔内は無政府状態になると考えられていました。しかし口腔内pHモニタリングによる研究で、以外にも粘膜上の小唾液腺(粘液腺)が活躍していることがわかり、睡眠中でもpHは臨界pH5.5以下には下がりにくくなっているのが明らかにされました。
 口腔環境の番人といわれる唾液の1日の総分泌量は5歳児で約500ml、成人で約700mlです。この研究が2019年イグ・ノーベル賞審査委員の目に留まりました。人知れず活躍していた唾液の働きに光が灯されました。「照一隅」です。唾液を色々な診断や健康指標に役立てる方法についてもさらに解明が進められています。



渡部茂 略歴
1977年岐阜歯科大学(現朝日大学歯学部)卒業.1985年北海道医療大学准教授。1985~87年マニトバ大学客員教授、1995年明海大学歯学部大学院教授. 定年退職後同大学名誉教授。現在は同大学保健医療学部教授として歯科衛生士の教育を中心に研究、臨床に携わる. 専門は小児歯科学で、日本小児歯科学会副理事長.日本小児保健協会監事.日本子ども学会理事.日本障害者歯科学会理事. 埼玉県小児保健協会会長.日本小児口腔外科学会理事.日本歯科薬物療法学会理事.千葉県学校保健学会理事等を歴任する。2015年には日本子ども虐待防止歯科研究会を設立。会長に就任し、歯科領域から子ども虐待防止に取り組む。2017年日本小児歯科学会賞.2019年イグ・ノーベル賞化学賞受賞. 
著書:唾液 口腔の健康を支えるメカニズム(クロスメディア パブリッシング、アマゾン). やさしく学べる子どもの歯(診断と治療社). Macro to Nano Spectroscopy, J. Uddin ed,(INTECH).訳書:「唾液 歯と口腔の健康」監訳(医歯薬出版、アマゾン)など出版多数。